2007年05月14日

アトピー放浪記 4話 自由発言と忍び寄る影

          アトピー放浪記

第4話 自由発言と忍び寄る影

 今から思いだすと、このクラスは実におもしろい。多種多様な人格が全てそろっていた。

俺は消極的でしゃべれない。天才的な通知票オール5のクラス委員、努力の女副委員長、親切すぎて墓穴を掘るやつ、おしゃべりと笑わせることにかけては天下一品、やたら正義感だけが強くあくまでも戦うやつ、人を守るために常に仲裁するやつ、点で頭は悪いけどスポーツ万能、人と喋れないのに絵を描かせば県知事賞、喧嘩に関してはお任せ野郎。

 何でも屋のオールマイティは天才クラス委員長だけ、後はバラバラ、しかしこのバランスが妙にいい感じだったのかもしれない。

 俺は暗くて何もできない人間だった訳でもない。性格は暗くても恥ずかしながら習字と字がうまく、文章能力がたけていて、本の前書きだけで読書感想文は入選する人間であった。

 でも取り柄はこれだけで人が怖く、勇気もなく人前でしゃべれないもてないタイプの人間だ。餅は餅屋、バラバラ自己主張クラスの中で始まった恐るべき事態とは、女秀才副委員長の発言からだった。

努力女委員長:「先生は、やす君の特別ルールをいつまで続ける気ですか?」

正義感人間 :「ちょっと待った。やすが前より楽しいといってんだから何でやめんだよ。そんなもん永遠だわ。」

努力女委員長:「それは分かるけどそんなの不平等じゃん。」

正義感人間 :「それは不平等とは違うだろう。」

喧嘩野郎  :「喧嘩するなら二人でトイレでしろよ。」

仲裁人間  :「まあまあ喧嘩せずにみんなで楽しく話し合おうよ。」
 
こんなやりとりだった。また俺は下を向いたまま顔が上げられなくなった。しかし俺は先生が守ってくれると心の中では願っていた。ところがである予想に反してまたまた情熱的な先生は講釈を並べ立てみんなにとって一番平等な発言をしてきたのだ。


先生    :「みんなの言いたいのはよく分かった。意見を主張する人間も守るやつも仲裁するやつもみんな正しい。トイレで喧嘩しろ以外はだけどな。」(クラス全体で笑う)

先生 :「先生はこう思う。初めは特別ルールだった。これはやすなりの気持ちを考えてのことだ。この時点では特別ルールもみんな賛同してくれた。この時点では正しかった方法だと思う。彼女も賛成した。しかし今の段階でみんながやすを理解して彼が前より楽しくなったんなら大きな問題は解決したからいつまでも特別ルールでもいいの?と言う提案だ。確かにこんなことばっかしてたらクラスの中は特別ルールだらけになるな。みんなどう思う。」

俺の気持ち :(きやがった。きた−きた−。いつかこうなるような予感はしてたけどついにきた−。)

正義感人間 :「こんなもんおかしい。平等と不平等の話になっちまう。やすはハンディあるんだからすでに不平等を背負ってるんだ。だから特別ルールーは不平等じゃない。」

努力女委員長:「私だって今のやり方がいけないとかやす君の気持ちを無視してる訳じゃない。クラスが変わったり中学、高校になっったらどうすんの?」

俺の気持ち :(こいつら恐ろしいやつらだ。これが小学生の発言か?中学・高校でもこんなに自由に発言できんぞ。クラスをこんなにした先生はすごいや。それぞれの発言は確かに正しい。しかし今の俺に答える能力はないぞ。なんてやつらだ。もう俺のことでもめないでくれ)祈るような気持ちだった。

つづく
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2007年04月25日

アトピー放浪記 B恐れていた事態

        アトピー放浪記

第2話 恐れていた展開

 クラス会が終了してから2ヶ月。アトピーは改善されない状態でしたが、俺の中ではアトピーのコンプレックスはかなり軽減した。と言うより友達やクラスメートからのいじめのような発言は消えた。

 確かに辛くはなくなったのも事実だ。しかし俺の心の中にある種の不安は消えないままでした。その一つはここまで先生や友達の恩恵を受けても皮膚を見せる恐怖は消えずに、どうどうとは生きられなかったこと。もう一つは何か自分が甘えているようで自分自身もしっくりしていなかった。

こんな思いで2ヶ月が経過して3ヶ月目の秋に恐れていたことが始まった。それはすごく当たり前の話であるのだが俺にとっては大事件の始まりだ。

クラス会での女秀才の発言が発端となった。「先生、提案なのですがみんな3ヶ月過ぎて、やす君の気持ちも理解してると思うのですがやす君にどうなのか聞くべきではないでしょうか?助けられることがあれば協力も出来ると思いますし。」たったこれだけの普通の会話かもしれない。

ここから再び、イヤ再びではなく自分の影との戦いを強いられる事態に展開することになったのだ。予兆はあった。新任のこの先生を俺は大好きだった。

尊敬もしていた。教育者として優れていたのだと言える。まあ金八先生のような人情先生で何が正しくて誤りかを情熱をかけて話すタイプの先生だ。慕っているのは俺だけでなく全員だ。例えば俺の話だけでなく前回のホームルームでは泣きながら自分の意見を言う奴を誉める誉める。

先生「彼は本当に泣き虫だけど泣きながらでも自分で納得出来ないことを主張するのはりっぱだ。」と、ことこういう話になると人の気持ちを上手に話し、誉めながら良いところを伸ばすことに関しては天才的な教育者だ。

俺だけの話ではなく誰に対しても平等で良いところを情熱を持って話す。話術ではマリックだ。しかも相手は完璧に納得、先生が正しい。人を成績や能力や容姿で判断しない。誰にも信頼され奪い合いのような、こんな先生が新任で担任になってくれてみんなが楽しく勉強でき(小学校は全授業が同じ先生だったから)共感してくれる人気度ナンバー1。そしてみんなと話し合い権力的にならない。今思えば今の時代に一番求められている先生なのかもしれない。

こんな先生が毎日ホームルームでみんなの性格や人の気持ちやこんなことばかりやっていたらいつか自分の不安が的中するとある種の予兆があったのだ。

 自分に発言が求められた時に「ついに来たー。」と感じた。そしてそれが自分には恐るべき展開となったのである。

先生:「やすなり。どうだ3ヶ月と以前に比べておまえの気持ち    はどうだ。」

俺 :「俺は口べただけど先生やみんなに認めてもらえたみたい   で今は楽しいです。」こう答えるのが精一杯だった。

そして最も恐るべきクラスメートの発言がついに飛び出した。 恐れていたこととは自分が発言を求められるような事ではなく、彼女の発言から新たな自分の影との戦いが始まったからなのである。
             つづく
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2007年04月24日

アトピー放浪記 A救世主登場

          アトピー放蕩記

第二話 救世主登場

 そんな人生の流れの中でやっと救世主が現れたのが小学校5年生の新任の担任でした。先生は俺が体重測定を受けないことや「イボ人間」と呼ばれていることに気づいてくれたのです。

 今でもはっきりと覚えています。学級委員会かホームルームの時間でした。先生曰く「みんな今日は先生からクラスメートの人生に関わる重要な相談がある。

 真剣に考え、聞いて欲しい。このクラスの中にイボ人間と呼ばれている仲間がいる。彼はクラスの仲間であることに間違いないし先生にとっても誰とも変わらない大切な仲間だ。

 彼はいつの間にかイボ人間と呼ばれることも受け入れている。そらは彼が成長して大人の考え方をしているからだ。イボ人間と呼んでいるみんなは大人にはなれないぞ。

 彼は皮膚病気なだけだ。彼に何の罪はない。病気の人をみんな傷つけていいのか?彼は笑っているようでも心はきっと悲しんでいる。体重計に乗れない。プールにも入れない。どうどうとクラスメートとつきあえず。

 友達や仲間をこんな事で傷つける生き方をしていくことを先生は望まない。誰とも変わらぬように彼が恥じないように、堂々とみんなと同じ事が出来るように守ってあげることが正しい生き方だ。

 よく考えて欲しい。この話は彼の人生の話ではなく、彼以外のみんながこれから人をどう見てどう付き合い。どう生きていくのか最も重要な事だと先生は思う。」少しくどい言い方だがこんな内容だった。

 俺はただ下を見て顔も上げられずいつの間にか泣いてました。そんな俺を見て先生は追い打ちに「彼は今この話でイヤだと思う。じっと耐えて泣いているけど泣くことは恥ずかしいことではない。泣かせてしまっている先生がいかんかもしれん。でも先生はこの事だけはみんなに伝えたい。彼も助けたいし、みんなを助けたくて今ここで彼には悪いけど相談しているんだ。今ここで生き方を変えなければいけないのは彼ではなくみんななんだ。」

 思い出せば新任の先生に取っては最大の力説だったと思います。恥ずかしさと、嬉しさと、なんか自分では分からない感情。自分の事とは無関係なそんな気持ちでした。

 もはや下を向いているのは俺だけではなくクラス全体がシーンと静まりただならぬ気配を感じていました。「みんな先生も若い。間違ったことも言う。意見があったら言ってくれ。」沈黙と静けさの中で時間は容赦なく流れた。

 クラス委員の大人びた○○君がたぶん勇気を出して切り出したのだ。「先生、俺達はそんなつもりはなかったんだけど、先生の言いたいことは分かった。

 俺も気にしてなかったからいけなかった。じゃあ提案だけど彼がイヤな思いをしないように特別ルールをみんなで考えよう。例えば体重測定は裸にならなくても服を着たままで後で1キロ引くとか・・・。」さすがに堂々たる秀才だ。

 しかも具体的だ。先生「いいね。他に案はないか?」「プール禁止」「マラソン免除」「給食の好き嫌い自由」「夏も長袖OK」「絶対にイボ人間と呼ばない。」「呼んだ人の罰則は・・・・・。」俺はひたすら下を向いていたけど話は勝手に進んでいた。

 不思議なものだ先生の力はこんなに偉大なものなのか?たった一人の権力者の発言で俺の人生が変わるのか?クラスの奴らが俺のために意見を出している。

 ここまでの特別ルールを作ってもらってもいいのだろうか?特別ルールは俺だけのものか?こんなこと許されるのだろうか?甘えたい気持ちとは裏腹に妙な不安が俺の中に現れた。しかし時間が過ぎ特別ルールが決められ、帰り路に「悪かった。」と謝りに来る友達も3.4人いたし本当に妙な感じだ。

 それはこんな事を人に受けたことがないからどう反応していいのか分からない自分だったのだ。いつしか自分のあだ名は「イボ人間」から「やす」(名前がやすなり)に変わり、俺にとってはありがたい出来事であったことはこの段階では否定できなかった。ところがここから更に大きな事件へと発展していった。   

アトピー放浪記 次回 恐れていた事態へ 続
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アトピー放浪記

         アトピー放浪記

         壊れた人生の真実


私の友人にアトピーで人生の大半を悩み現在メンタル治療している彼に依頼して作成された手記です。一人の人生がどのように変化して何に影響を受けるのか本当に理解できる手記です。

皮膚病や偏見がまるで宿命のように心を支配していく人間模様を彼自身に描いて頂きました。私が公表の許可と依頼を受けました。依頼された手記を読みやすいように一部修正していますが本筋に大差はありません。

第1話 記憶の追想

 1958年俺はこの世に生をうけました。すでに40の後半、手記の依頼を受けたゲドさんと同級生です。

 病名は喘息とアトピー、早い話がアレルギーです。今は統合失調症かな?

 40数年間かゆみと戦い続け今も完治していません。俺と同じようにアトピーと診断され多くの方が悩み苦しんでいると思うと俺も「俺だけじゃない。」と思うと消極的な意味では救われるのですが、もう一人の俺が、同情ではなく苦しみに「怒りの真実を告げろ」と呼びかけてきます。

 そんな中でゲドさんに依頼されて手記を公表する事にしました。私はアトピーの苦しみは同じ病気の人にしか分からない。重傷のアトピーの人がどんな人生を歩んだのか話してもムダと決めつけていました。しかし俺自身の人生の決着も含めどこかで自分の苦しみを誰かに分かって欲しかったのだと思います。

 話はさかのぼりますが、俺の記憶は曖昧です。いつからアトピーだったのか定かではありません。ものごころがついた時はすでにアトピーと喘息でした。

 俺は兄弟姉妹4人の末っ子です。末っ子は可愛がられると人は言いますが、自分の存在に注目された実感はありません。両親が俺に注目してくれたのは喘息がひどくて病院へ連れて行く時とアトピーの手当をしてくれるときだけだったような気がします。

 おふくろはまだ心配してくれたのですが、オヤジは酒乱で酒を飲むと暴力、そして俺に「酒を買ってこいと。」と常に命令されオヤジを恨んだことがどれだけあったことか。今更親を憎んでも仕方ないのですが、今もアトピーが治らないのは親の責任と思いたい気持ちと、もう一つの決定的理由はアトピーが苦しくても、治す気が自分になかったのだと確信しています。  
 アトピーが治ると親からも注目されなくなる=これが決定的な意味だと気づきました。(自分の気持ちでは?との思いであり俺にも答えは分からない。)

俺のアトピーの記憶は小学校からです。おふくろは乳幼児からと聞いていたが、それ以前はどうしても思い出せないのです。ただほんのりとおふくろに包み込まれるような甘い感覚だけは心の底に残っているのですが?正体と事実は分かりません。

 俺は記憶がはっきりしている小学生の時からすでにいじめにあっていました。理由はアトピーだからです。「やーい。イボイボ、こっちに来るな。」たったこれだけの言葉の暴力だけです。

 殴られたり蹴られたりはありません。現代のいじめのような陰湿さはないにしても、この意味が分かりますか?表に出ない隠れた俺の怒りはすごかった。

 アトピーは俺の責任か?俺がおまえに何をした?俺の気持ちを考えたことがおまえ達はあるのか?何度も泣きながら家に帰りました。俺がいじめられて泣いている時だけ、おふくろは「ごめんね。」と一緒に泣いてくれました。

 こんな形でいじめられ続けた俺が一番イヤだったのは月に一度の体重測定です。パンツ1枚の全裸、順番に並んで測定するのですが、体重測定日は俺には恐怖の瞬間だ。人に肌を見せることの恐怖、魅せられない身体、「恥と屈辱と失態」どんな思いでこの日を迎えたか?

 みなさんにわかりますか?これを読んでいるみなさんはこんな事で屈辱を受けたことがありますか?一番コンプレックスを感じている肌を全裸で見せる恥ずかしさが分かりますか?俺はいつしか体重測定日を計画的に休むようになりました。そして保健室で一人で体重計に乗り事後報告で健康手帳に記載していたのです。

 「イボ人間の恐怖」いつしか俺のあだ名は「イボ人間」俺の中で「イボ人間」は愛称のようなものと心に決めつけ自分で傷つかないようにしていたのです。しかし愛称での怯えは消えても、肌を見せることによる怯えは、常に自分と共に影のように自分の心を支配していきました。

 俺の心はひどく歪み、他人の視線も気になり、自信を無くし目立たないように誰にも逆らわず、ただひっそりと。これが俺の人生だと!

 アトピー放浪記  次回は、救世主 続く
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2006年08月22日

皮膚とイオンの関係

こんにちは、ゲドです。今日は皮膚の酸化と還元についての話です。

私も得意ではないのですが、化学の説明になるのでムズイ話です。これをいかに分かりやすく伝えるかが私の能力ですかね?

まず人体は皮膚も含めて老化します。老化とは腐敗、枯れると言う意味なのですが科学的には酸化することです。元素には陽子(+イオン)を持っておりその周囲を電子が回転しています。酸化とは電子を失うことで皮膚で言えば、アカや汚れです。その汚れを落とし(剥離)て−イオン(電子)を与えることで皮膚の老化や酸化、汚れが防止されるのです。

最近のイオンブームは怪しいのですが、科学的に例えば滝や森林のイオンでは、水が滝に落ちるときに岩とぶつかり、電子を遊離して大気中に放出されます。したがって滝の近辺は、イオンが豊富で吸い込んだり皮膚に触れたりして人体や皮膚の健康、更にはストレス解消とメンタルに至るまで、良いものだとの見方がイオンブームを引き起こしました。確かに滝や森林は自然に富んでいますし、職場のホコリや煙、排気ガスなどの中よりは健康的ですよね。私には健康に良いことは理解できても、果たしてどこまで人体に影響するものなのか?たかが少数の電子が人体に瞬間に取り込まれて、健康になれるものなのか判断はできません。

そして一番問題なのはイオンブームにのっかりイオンの全てが良しとするムードのようなものが非常に懸念されます。大気中のイオンはともかくイオン水の類はイオンは人体に良くても対イオンの問題もあるので必ずしも安全とは言えないのです。特に皮膚に関しては対イオンを人体に影響を及ぼさない無害なもの。更に電子による浸透性が高いもの。酸化や老化を防止するもの。皮膚の代謝に役立つもの。このポイントをクリアした商品であることが重要です。

このような純度が高く、しかも人体に無害で@香料ゼロA着色料ゼロB界面活性剤ゼロC保存料ゼロ、イオンを与えて(還元)汚れ(酸化)取り除き、しかも有機物とや残骸を剥離して瞬時に水に戻る。純度が高く安全なイオン水を開発してくれた岡島社長に深く感謝します。ありがとうございました。ゲドでした。

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2006年08月17日

水虫と白癬菌

こんにちは、長期間日記をさぼってしまいました。今日から気合いを入れ直して投稿します。

本日のテーマは水虫です。水虫の原因は別名、真菌、白癬菌、糸状菌とも呼ばれますが、全て同じような意味の解釈でOKです。病気の病原体の種類や大きさによってウイルス、リケチャー、細菌、クラミジア、スピロヘーター、原虫などがありますが、水虫はその中の真菌です。

水虫のできる場所は、陰部や足の指の間、時には顔や体幹にできることもあります。一般的には足にできれば水虫、陰部ではタムシなどと呼ばれています。特に陰部や足の指の場合は、湿気を含み菌が伝染・繁殖するのに好条件となりますので非常に治りにくいものです。やっかいなのは別名、糸状菌と呼ばれるように皮膚の表面だけでなく内部に向かって糸のように配線を深くしていきますので、表面に・膏を塗るだけでは完全には治りにくいのです。

治療法には・膏、溶液、イオン水、そして近年はマツケンが宣伝しているように内服薬もあります。それでも皮膚にできた水虫は、まだ清潔にしたり・膏や水溶液を塗り続ければ時間はかかりますが治るものです。しかし爪白癬だけは絶対に治りません。理由は爪は堅い表皮に覆われているので・膏が爪の中に浸透しないからです。

爪が白癬に侵入され感染すると長い年月をかけ爪の色が茶色に変化して爪の暑さが2〜3倍以上に変化し変形するので分かりやすいです。この場合は内服薬のみが有効です。体の元から白癬菌を揃退するのが常識です。裏を返せば爪の中にまで浸透する溶液や・膏があれば内服薬でなくても爪白癬を揃退することはできるのです。写真を貼付するので見て下さい。

DSCF0068.JPGDSCF0070.JPG

写真はクリックすると拡大します。上記の写真の左側は、何十年も爪白癬で悩んでいた人です。よく見てください。爪自体が茶色または黒ずんで爪の厚さが肥厚しているのがわかりますか?ここまでの爪白癬の人はそうはいないでしょう。ここまでになるとどれだけ軟膏を塗っても表面だけで爪の中に薬は浸透しません。従って直りません。新しい爪が生えてくるまで何ヶ月もかかります。しかも生えてくる爪は白癬菌に侵されているので健康な爪にはなりません。

右側の爪は左の写真と同一人物です。これに純度の高いアルカリイオン水(電子水)を振りかけたものです。(商品名ケアウォータ)肥厚した爪の中に速やかに浸透し(浸透力は水の107倍)白癬に侵された爪がブヨブヨニやわらかくなり鉛筆で剥がれます。剥がれた内部を手に乗せた写真です。確かに新しい爪が生えてくるのには日数を要しますが,白癬菌が死滅すれば必ず健康な爪に変わります。内服薬で治療する方法もありますが、内服薬は肝機能や人体への影響もありますので、人体にも安全なケアウォーターがお勧めです。医学に内通している私が人からの紹介でメカニズムを理解した上で納得した商品です。

爪白癬だけでなく指の間の水虫や陰部のタムシは清潔にしてケアウォーターを定期的に使用するだけで数日で治癒します。ケアウォーターの説明は後ほどします。
 ゲドでした。
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2006年08月03日

体の傷とコンプレック

こんにちは、ゲドす。
みなさんには自分の皮膚(身体に)目立った傷はありますか?私には2つの大きな傷跡があります。右膝のおさらと左腕の肘の下です。

右膝の傷は小学校の4年に友人と用水路でつりをしていたときに、大きな鉄クイが出ていて引っかけて切りました。かなりの激痛と出血で自分では動けずに、どうしていいかわかりませんでした。そんな時に一人の友人が近くの工場から布と綿を探してくれ、それを傷に当てて膝に縛りつけて帰宅しました。その友人は私にとって大切な友人ではなかったのですが親身に助けてくれてとても嬉しかったです。肘の裏の傷は高校1年に裏山にバイク(田舎の出身なので誰もいない)で5人乗りをしていて凸凹道で派手に転倒した時です。受け身をして切りました。山道なので傷跡に土が入り込み医者に行くも縫合してもらえずに、化膿して完治するまでに2ヶ月近くかかりました。今でもケロイドが残っています。

私の傷跡は心の傷にはなっていません。むしろ傷を見るたびに、よき思い出として当時を振り返る事ができます。私にとっては良き友人の思い出、若かった思い出としていつまでもそのまま思いです出す事が出来ます。

体の傷には個人のそれぞれの思い出があります。それが苦痛で辛いものもあれば、楽しく思い出される場合もあります。私が個人的に楽しいだけで、おそらくつらい思い出の方が圧倒的に多いのでしょう。傷やシミなどが原因でいじめにあったり、恋人に振られたりその人の心の傷跡になったり、人生そのものに影響を与えているのかもしれません。コンプレックスになっている人もいるでしょう。

傷を消すのは大変です。でも医学は進化していますのでお金を使えば傷は消えます。心の傷跡は消えません。しかし新しい考え方の一歩を歩み始めれば恨みを消すこともできます。憎しみや恨みを消すのは大変です。

あなたの人生です。いつまで、死ぬまで人を恨んで生きていきますか?そんな人生でいいのですか?選択は個人の問題です。新しい一歩を踏み出してみるべきうだと思います。私は目先の事だけ言っています。当人の本当の苦しみは理解できないこともあります。「おまえに分かるのか」と言われれば分かりません。それでも吹っ切ることは必要です。人生もっともっとダイナミックに生きてみたいと思いませんか?
ゲドより
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2006年07月27日

オムツかぶれと人間の知恵

こんにちわ。ゲドです。

今から30年前に私は看護学校に入学しました。今でこそ男性のナースはナースマンとして活躍していますが、当時は異職でした。今でも覚えているのですが、学年で男性ひとり、入学式と載帽式(ナイチンゲール儀式)に中日新聞の記者が取材にきたのです。新聞にも載りました(三河版ですが)。

当時は私は精神科の助手として働いていたのですが、オムツかぶれの患者様に綿花を焼いて患部に張り付けていたのを覚えています。知識もなかったのですが私なりの解釈では、綿花を焼くということは酸化して酸性になるのか?または灰になることでアルカリ性になるのか?いづれにしても除菌するのだと思っていました。

次にオムツを交換するときに看護婦さんは必ず布に茶渋や柿の葉を煎じたお茶を浸して患部を拭いていました。おそらくお茶にはタンニン酸成分があり茶渋でふき取ることによる酸性の除菌を考慮したものでしょう。歴人の生活の知恵なのでしょう。長い年月で自然に対応や処置のできる方法を見つけては、日常生活に役立てていたのだと言えます。人間の知恵はすごいですよね!

そういわれれば私も幼少時にジャガイモをカットしてカット面に灰を刷り込んでいたことも思い出されますが、あれは何だったのでしょう?じいばあに聞くしかないのですが、天国に行かないと聞けない。

現代医学では、答えは出ています。細菌が生存できるPHは3〜9までです。まれに胃酸の中でも生存できるピロリ菌もいますが、PH3〜9の圏外では菌は生存できないか、住みにくい環境になります。柿の葉茶や綿花の灰がPHいくつなのか分かりませんが、歴人の方々は圏外に近い状態を自然の知恵で考え出していたのでしょう。

現代では傷にもかぶれにも湿疹にも多数の商品が氾濫しています。どの商品も効果効能はあるでしょう。でも大きな誤りが一つだけあります。

一番大事なものは効果効能ではなく、1番は人体に安全であること。次に2番として効果があることです。一部の効果効能だけでは人体に危険です。皮膚にやさしいのは皮膚に安全であることが1番です。そんな商品を見つけたいですね。

★何でも塗れば良いわけではない。むしろおかしなものを塗るならば歴人の偉大なる知恵を活用した方が安全です。

現代の皮膚病を考えるに、昔はなかった皮膚病。昔はあったが現代はなくなりつつある皮膚病、様々ですね。私はその中でも人体に害のない安全性にはこだわりたいとおもいます。どんな形であれ皮膚病お悩みのみなさんに本当に良い方法、1番の方法を伝えていこうと思っています。 

            
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2006年07月25日

かぶれと幼少時の思い出

 こんにちはゲドです。
私のコンプレックスと皮膚を検証してみましたが、皮膚に関しては現時点ではコンプレックスはありません。いくつかあったのですが解決している問題と自分の意識で理解と言語化できていますので、そのようなものはコンプレックスとは呼びません。

今から遡ること40年前、私が小学生2年生の時の事件です。田舎の村で生まれ育った私は、活発なやんちゃでした。明けても暮れても友達と毎日のように川に魚取り、山に基地を作ってはサツマイモやスイカを盗んで食べていました。チャンバラごっこもしたものです。

ある日のこと山に入り込みチャンバラが始まりました。適当な木がなかった私は、うかつにも(無知)かぶれの木を折り皮を剥がして木刀にしたのです。今でも鮮明に覚えているのですがかぶれの木は皮がきれいにむけるのです。都会の人にはわからない話ですね。

ところが、翌日に大変なことが起こりました。腕から全身にかけて特に顔がかぶれて腫れてパンパンになっていたのです。おそらくかぶれに対して免疫がなかったのでしょう?アレルギーのようなものでしょうか?それでも学校に行ったのですが、みんなに嫌がられそれから3日間は学校を休みました。かぶれの木はすごいですよ。もちろん免疫ができましたのでそれ以後かぶれはありません。終身免疫なのか、一時免疫なのかわかりませんが、かぶれの木も覚えましたのでかぶれないだけかもしれません。

皮膚病にも種類があります。大雑把には、
1.内因性=原因が分からずに遺伝的なもので生まれつき色素がないとかの 遺伝的な皮膚病です。誰の罪でもありません。
2.外因性=原因が明らかで皮膚そのものの外傷です。火傷やケガの感染  症、虫さされ、手術後のケロイドなどです。かぶれも木に触れたことが原 因ですのでここに含めても良いですね。
3.心因性=ストレスが原因で白髪になったり、顔や手足がむくんだり、ニ キビやシミが増えたりします。

どのタイプの皮膚病であれ好んでなるものではありません。誰の罪でもないのです。しかし人間は人を恨みます。恨みながらもどこかで妥協点を見つけて自分に納得させているだけです。例えば自分で火傷したなら納得できます。しかし他人に熱湯をかけられ火傷したら恨みます。恨んでも皮膚が治るわけではないのですが人情としては恨みは残ります。妥協点が我慢になるのか?裁判になるのかいろいろです?皮膚はその人の人生を変えてしまうほどにデリケートなものなのです。

ゲドより
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2006年07月22日

ゲド戦記=影との戦い

こんにちは、ゲドです。今日は私のニックネームを何故ゲドにしたのか記入します。

ゲド戦記は今でこそ宮崎監督の映画シリーズとなり宮崎監督の親子対決などと言われ注目を集めています。はたして1年前にゲド戦記を知っていた人がどれだけいたことでしょう。

ル=グウィン原作のゲド戦記は1巻「影との戦い」2巻「壊れた腕輪」3巻「さいはての島」4巻「帰還」から構成されています。私は今から15年前にある心理学者の先生に紹介され全4巻を読むことになりました。

私は当時は世界的に有名な心理学者のフロイトとユングの本を読み集めていた時の事です。ゲド戦記の中に人間の深層心理があり個人や家族関係の個人的無意識と(フロイト)人類や未来・過去に共通する集合的・普遍的無意識(ユング)について学んでいる時でした。実は人間には社会に認められず、生きられないもう一つの自分があり、それをユングが「影」とか「ペルソナ」(仮面)と銘々したのですが、「影との戦い」(第1巻)に表現されていて止められずに一気に読みふけってしまったのです。

影=シャドウと言う言葉に妙に惹かれませんか?ユングは元型(アーキタイプ)と呼ぶのですが人間の影について分かりやすく表現しています。今回の映画が主人公のゲドがどの時代から描かれているのかわかりませんが、少なくとも書物の中の「影との戦い」では、幼少時の魔法使いに目覚める前からスタートし、大賢人ゲドに至るまでの長いつながりがあります。映画的にはスターウォーズ、ハリーポッター、リングなどに非常に似ていて、人間のおぞましさや欲望がとても良く描けていました。まさに「影との戦い」は自分の中で社会で生きられないもう一人の欲望的な自分との戦いです。とてもおもしろいので読書をお勧めします。

本題ですが私がお気に入り1番の書物の主人公ゲドを自分のニックネームにしたのです。更にタイトルは皮膚病も同様にある面で最終的には自分との戦いですので「皮膚病との戦い」と名付けました。ゲド戦記がブームになるので付けた名前ではありません。

欲望や苦しみ、そして生を受けたそれぞれの「宿命」背負うべき運命、そんなものが誰にでもあるような気がします。私はそれでも宿命は変えられるような気がしてならないのです。現段階で皮膚病に関して準備が整っていませんが時期が来ましたらみなさんの力になれると思います。ゲドより
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